奥高麗茶碗

奥高麗茶碗

2023年6月 投稿

 奥高麗茶碗について
15~18世紀前半の時期に主に朝鮮半島南部で生産され、日本の茶の湯で使われた茶碗が高麗茶碗です。 高麗茶碗の一種で井戸茶碗は桃山時代から現代に至るまで人気があり、現代陶においても萩焼、唐津焼などで井戸茶碗が作られています。
一方、唐津焼の中で奥高麗と言われるものがあります。これがよくわかりません。 奥高麗茶碗は、高麗茶碗の熊川(komogai)を手本にしたと言われています。その多くは枇杷色の土肌で、文様はなく、高台まで釉薬を掛けずに土見せの部分が多いことが特徴です。ほとんどは碗形(わんなり)の形状ですが、銘「ねのこ餅」のような筒形のものもあります。これは胎土と釉薬が他の奥高麗と共通し、高麗風の造りであることを考慮して奥高麗と記載されたと思われます。そして、奥高麗茶碗には名品が多いと言われています。松平不昧蔵の「秋夜」、利休所持伝来の「ねのこ餅」や文人石川丈山所持の「さざれ石」などがあります。
 加藤唐九郎は著書 加藤唐九郎のやきもの教室(新潮社 とんぼの本)の中で奥高麗茶碗「深山路 Miyamji」について次のように述べています。
「奥高麗というのは、とらえどこがないが、なんかこう魅力があるね。どこも素直に作ってあって、下手なように見えるが下手じゃない。奥高麗は土が特にいい、非常に緻密な、きれいな土だ。ただ、窯跡がどうしてもわからない。形から行って古いものだが、年代もわからない。薄い釉で、何の変哲もなく、表面に力を見せていない。これがまたいいんだね。人間でもちょっと馬鹿に見える奴が魅力あるね。あの頃の茶人も、本当に利口な奴は表面に力や教養を見せない。見たところは馬鹿に見えるが本当は利口だと言っとる。 これでのむお茶もいい味だ。土が柔らかいからお茶の味も柔らかい。磁器の茶碗なんかだとお茶がかちーっときて痛いような感じがするが、これはそういうことはない。」 奥高麗の本質をついていると思いますが、やはり茶碗は使ってみないと実感が湧かないし、わからないのではないのでしょうか。後半では、唐津焼の現代作家の奥高麗茶碗を取り上げ、使ってみた感想を述べたいと思います。

 高麗茶碗と萩焼
高麗茶碗について調べてみると奥が深く、かなり詳細に分類されていることがわかります。
 たとえば、谷晃、申翰均著 高麗茶碗(淡交社 2008年)によれば、 「16世紀の茶会記に、三島、井戸、割高台などの名称が散見されるが、ほとんどは高麗とのみ記載されていた。 17世紀にはいると、ととや、玉子手、呉器(goki)、堅手(katade)、刷毛目の名称をみることができるようになり、おおむね18世紀初頭には現在使われている名称、例えば、雨漏り、蕎麦(Sobakasu)などが出そろう。」とあります。
 また、坂田泥華著 日本の陶磁12 萩(保育社 昭和54年)には、17~18世紀に造られた萩焼の伝世品として、御本立鶴茶碗の写し、伊羅保茶碗の写し、熊川(komogai)茶碗の写し、李朝粉引茶碗の写し、呉器茶碗の写し、ととやの写し、伊羅保の写しの写真が載っていて、当時高麗茶碗は人気を博したことがうかがえます。熊川の写しなどは殿様の御用命で忠実に再現されたと思われると説明しています。
 現代作家の中にも熊川茶碗、御本茶碗、柿のへた、伊羅保、三島茶碗といったものを造る方がいますが、どのように感じて作陶しているのか、本当に良いと思って造っているのか?聞いてみたいと思っています。 伝世の伊羅保茶碗や柿のへた茶碗は見たところ非常に汚く感じます。鉄分が多くて汚い土で表面はざらざらしていて、当時の茶人は汚いところに良さを見出しています。日本人特有の意識ではないでしょうか。

 現代の奥高麗茶碗
見た目は地味であまり特徴のないように見える奥高麗茶碗について、唐津の大好きな現代作家 岡本作礼氏と丸田宗彦氏のものを使ってみました。さらに、自作のものも掲載しました。

岡本作礼 奥高麗茶碗
最初に購入した奥高麗茶碗です。しかし、当時 奥高麗というものを意識していたわけではありません。 見込みがとても広いのが特徴です。最初は物理的な大きさ以上に「なんて大きな茶碗だろう」と感じていました。 最近になって理解したのですが これが奥高麗茶碗の本質だったのですね。 器形はどちらかというと単調ですが、それが奥高麗の特徴でもあります。おおらかで良い茶碗であると思います。

岡本作礼 奥高麗茶碗

見込みと全体

見込みには、焼成時にぐい呑みや小さな器を置いて焼いた目あとが残っています。美濃焼の桃山陶には目あとのあるものが多いのですが、唐津焼ではどうなのでしょうか。

岡本作礼 奥高麗茶碗

かいらぎ

この茶碗の外側全周にわたってかいらぎが出ています。あえて言えば、そのかいらぎの変化が見所と言えましょうか。このかいらぎはおそらく素焼きをせずに釉薬を掛ける「生掛け」をしたものによるかと思います。
* かいらぎとは、主に井戸茶碗の高台付近に現れる釉薬が粒状、皺状になっていることを言いますが、本来は刀剣の柄に巻くエイの皮を「梅花皮」と言い、その表面に似ていることから「かいらぎ」と呼ばれています(写真2)。

岡本作礼 奥高麗茶碗

高台と土

高台の土みせは赤褐色で、その内側には縮緬皺(ちりめんしわ)が出ています。

 

丸田宗彦 奥高麗茶碗
ともかく大きな茶碗で外径15.5cm、高さ10.5cmもあります。私が造った茶碗のすべてが小さく見えてしまうほどです。 この茶碗の持ち味は、ミカン色の土と 薄くかけられた釉薬の変化にあります。茶碗の外側は赤かったり、黒色に貫入が入ったりと変化があって楽しめます。これは焼成時の炎の流れによるものではないでしょうか。口縁には釉が少しだけ垂れて白濁している部分があり、見所になっています。

丸田宗彦 奥高麗茶碗

見込みと全体

茶碗の内側は赤褐色できれいです。茶を喫するときには顔が茶碗に囲まれて不思議な感覚になります。

丸田宗彦 奥高麗茶碗

高台と土

高台内の土はミカン色でちりめん皺が出ていて いかにも唐津です。この土味がまた良いですね。高台側から見ると、釉薬掛けは3回に分けて掛けられていて高台脇の一部分には白く細かなかいらぎが出ています。また、高台を横から見ると「竹の節」のように横に一線が入っています。

 

自作の奥高麗茶碗
広い見込みと素直な形を意識して作りました。ろくろ成型時に姿形が良かったので 絵付けはしないで釉薬のみにしました。 斑唐津の釉薬を薄くかけて自宅のガス窯で焼成しました。

丸田宗彦 奥高麗茶碗

全体

端正な姿で手取りの良い茶碗です。
写真2左のぐい呑みも自作で、鉄分の多い胎土に斑釉を厚めにかけてガス窯で焼成しました。

自作の奥高麗茶碗

高台と土

土は鉄分の少ない唐津土(道納屋谷)を使っていますが、もう手に入りません。この土も斑釉も唐津の陶芸家から購入したものです。

 

 まとめと参考文献
奥高麗茶碗の特集はいかがでしたか。奥高麗は朝鮮の高麗茶碗を手本としながらも、日本の美意識や茶人の感性に合わせて造られた日本独自のやきもののような気がします。そして、使ってみてその良さがわかると思いました。
●参考文献
1.唐物茶碗と高麗茶碗 小田栄一著 河原書店(1993)
2.高麗茶碗 谷晃、申翰均著 淡交社(2008年)
3.茶の湯の茶碗 第2巻 高麗茶碗 降矢哲夫編集 淡交社(2023)
4.唐九郎のやきもの教室 加藤唐九郎 とんぼの本 新潮社(1984)
5.唐津 やきものルネサンス 青柳恵介、荒川正明著 トンボの本 新潮社(2004)