久々の黒織部(鳴子文)

冒頭の写真の絵柄は鳴子文です。右は素焼き品に瀬戸黒釉を掛けて絵付けをしたもの、左は本焼成をして完成したものです。
鳴子とは引板ともいい、板に竹管を連ねたもので、引くと音を発し田畑から鳥を追い払うための仕掛けです。現代では実物を見ることはありません。桃山陶器の中で、青織部や志野の向付や皿によく描かれています。
2007年に出光美術館で開催された「志野と織部」展の図録の吊しの解説によれば、「吊し文は器の外側面に描かれている場合が多く、うつわのなかに外から邪気が入ることを防ぐ意味をおっていたと解釈したい。鳴子も同様に、外からうちへの侵入する者を阻む、いわゆる結界や境界を象徴するモチーフと言えよう。」とあります。
この絵柄について Blog「造りたい黒織部」でも墨絵に描いて紹介しました。
一昨年から実家でのガス窯焼成ができなくなり、羽鳥湖高原の山小屋にガス窯や窯道具一式を移すことにしました。
昨年10月にガス窯を焚くためのガスの配管工事を行い、今年2025年5月からガス窯を稼働しました。
したがって久々の窯焚きになります。
土はろくろ成形のしやすい曽木もぐさ粘土を用いました。なお、ろくろ成形については Blog「晴陶雨読の日」で紹介しました。
瀬戸黒の釉薬は自前で造っています。絵を描いた窓に掛ける透明釉は市販の土灰透明釉を使いました。黒織部の難しいのは2つの釉薬の溶解温度を揃えることです。自前の瀬戸黒釉の溶解温度が低くなりがちで1180℃、土灰釉の温度は1230℃です。
今回は瀬戸黒釉の溶解温度を高めるためにあえて志野釉を混ぜました。志野の長石は溶けにくいのです。
土灰釉を比較的低い温度で溶かすために窯焼成を還元炎で焼成します。
900℃で酸化炎から弱還元炎に切り替え、1000℃からやや強めの還元炎にして1190℃で焼成を止めて引き出しました。
窯を開けて赤白色の茶碗を長い火箸で引き出します。しばらく茶碗をブロックの上においてからバケツの水の中に一気に入れて急冷します。この作業を過去に100回ぐらいやっていると思いますが、久々の引き出し作業はより緊張しました。
こうして完成したのがこの茶碗です。
土灰の透明釉、厚く掛けた瀬戸黒釉ともに完全には溶けておらず焼成温度がやや足りなかったようです。次回の引き出し温度は1200℃にしようと思っています。
瀬戸黒釉はカイラギ状で溶け切らず背面はブツブツしています(下記写真)。また、土灰釉も透明ではなくてやや乳白色に発色しています。これはこれで良いかと思いました。絵付けは大胆でかなり良く描けていると思います。不完全と思われるでしょうが、私はかなり気に入っています。
このところ、毎日この茶碗で一服して楽しんでいます。




